江戸前ハゼ復活プロジェクト

マハゼの棲み処調査

マハゼの特徴や、「江戸前ハゼ復活プロジェクト」がおこなっている「マハゼの調査」の内容とその結果からわかったことなどについて、ハゼと海の環境の関係などの研究をされている古川恵太先生による連載記事などでおしらせしていきます。

古川恵太先生

古川恵太先生プロフィール

古川恵太先生は、国交省の国土技術政策総合研究所や、オーストラリアの海洋科学研究所、民間財団の政策研究所などで海の環境とその再生方法について30年以上研究をしてきました。今も、笹川平和財団海洋政策研究所の特別研究員やNPO「海辺つくり研究会」理事長、横浜国立大学や徳島大学の客員教授を務めながら、海の保全・再生に関する研究や市民活動への支援を続けています。「江戸前ハゼ復活プロジェクト」では、「マハゼの棲み処調査」のデータを用いて東京湾におけるマハゼについて研究し、多くの学会報告や論文発表をしています。

2020年11月
連載 マハゼの棲み処調査 第3回

2019年度までの調査結果

「マハゼの調査」は、ハゼの生態(どこで生まれて、どこで育つか)を明らかにしていこうというのが、大きな狙いです。そのために、前回ご説明したように、マハゼは成長期には1ヶ月で1.5cm程度大きくなることを利用します。例えば、東京湾とうきょうわんのおくにある浦安市うらやすしにある境川でのデータを見てみましょう。

浦安市境川の様子
浦安市境川の様子

境川は、旧江戸川から水門を通して東京湾にそそぐ全長約5kmの都市河川です。浦安うらやす水辺の会の人たちが、親子釣り教室や、夏のボランティア体験などを通してマハゼの調査に協力してくれています。2019年には、7月の終わりと9月の半ばに高洲橋周辺で調査が行われました。その結果を、グラフに表すと下のようになっています。横軸は釣ったマハゼの全長、縦軸はその釣れた数です。

2019年浦安市境川高洲橋(下流側)付近での調査結果(本文参照)
2019年浦安市境川高洲橋(下流側)付近での調査結果(本文参照)

7月のデータを見てみると、4つの山が見えます。これを難しい言葉で「コホート(系群)」と言います。イメージとしては、生まれた日が近い同級生たちです。それぞれ全長が、およそ6cm、8cm、10cm、14cmのところに山が見えます。これが、45日後の9月には、2つのコホートに集約されています。その大きさは、およそ9cm、11cmなので、7月の②、③が、9月の①、②に対応していると考えられます。

すなわち、7月に居た小さなハゼと大きなハゼは、別のところに移動してしまい、中くらいのハゼが居残っていると読み解くことができます。そして、その小さなハゼの行き先として、境川上流部(東水門近くの水域)が考えられます。それは、今年の8月に東水門と高洲たかすばしの2か所で調査した結果、6cm程度の小さなハゼやそこからやや育った8cm程度のハゼが東水門(上流側)に集まっている様子が見えました。これは、小さなハゼは上流側に移動した可能性があることを示していると考えられます。

2020年の調査結果(高洲橋:下流側、東水門:上流側)の比較
2020年の調査結果(高洲橋:下流側、東水門:上流側)の比較

次に、マハゼの調査で得られた全てのデータを処理して、コホートの平均全長を整理してみました。すると、同じ時期に冬生まれから、春生まれまでが混在する様子が見てとれました。図中の1st:第1群から 5th:第5群は、それぞれ1月から4月生まれに相当します。また、7月くらいに見られる大型のハゼは、前年の8月位の生まれと推定されました。

2019年のマハゼの棲み処調査から得られたコホート
2019年のマハゼの棲み処調査から得られたコホート

このように、夏に釣れるハゼの中に、昔から言われている冬生まれだけでなく、春や初夏に生まれたハゼも混ざっていること、前の年に生まれたヒネハゼと呼ばれる群に、夏生まれがいることなどが、2019年調査結果から見えてきました。この春〜夏生まれのハゼ達は、冬をこえて次の年まで生き残る可能性があり、江戸前えどまえハゼ復活のカギとなると考えています。こうしたハゼ達が、冬の間どこでどのように過ごしているのか、今後の調査で明らかにしていきたいと思っています。

2020年8月
連載 マハゼの棲み処調査 第2回

マハゼの減少要因と2020年度調査の意義

東京わんのマハゼは減ってきているようです。どのくらい減っているかを船でハゼをった数から計算してみると、1960年代に1億ひき釣られていたハゼは、1980年代に1,000万びき、2000年代には100万びきになっています。これは、東京海洋大学の工藤貴史先生がつり船に乗ったお客さんの数と、お客さん一人が釣ったハゼの数を整理した結果を使っています。1960年代には約60万人のお客さんが、一人一日150ぴきくらいのハゼっていたのだそうです。

船釣りで釣られたマハゼの数
船釣りで釣られたマハゼの数

20年で10分の1になるという割合で減っているように見えます。この原因はなんでしょうか。単にり人が減っただけであれば良いのですが、一人が釣るハゼ数も50ぴき程度、半分になってしまいました。また、漁師さんがとるマハゼのようすを見ると、①漁業者が減った、②漁場が減った、③産卵場所が減ったなどが原因であると考えられます。こうした変化は、め立てなどによって生息場所、産卵場所がなくなることのほか、環境かんきょうが悪化した、他の魚に食べられた、病気が広がった、エサ不足になったなどの原因も考えられます。特に、環境かんきょうの悪化としては、水温の上昇(地球温暖化や都市化による)、毒性の赤潮プランクトンの増殖(最近は少ない)、水の中の酸素が無くなる貧酸素化(夏に海底付近で発生)などが主なものとして考えられます。

生息場については、ハゼの生態(どこで生まれて、どこで育つか)が深く関係しています。前回説明したハゼの育つ環境かんきょうを東京湾奥の地形に重ねてみると、川や運河が入り組み、ハゼの生きる場所が複雑にネットワーク化していることがわかります。

2012年から始まった「マハゼの調査」は、こうしたネットワークをハゼの大きさを手がかりに明らかにしていこうとする調査です。マハゼは成長期には1ヶ月で1.5 cm程度大きくなります。ですから、各地でれるマハゼの大きさを比べることで、その移動や、産卵時期が推理できるのです。

今までのデータから、マハゼが冬に卵を生むだけでなく、初夏にも卵を生んでいる可能性があることがわかってきました。また、海の環境かんきょうがきびしい場所では、運河の中の限られた場所で成長を続ける場合もあるということもわかってきています。たくさんのデータをパズルのように解きながら、少しずつ、マハゼのを明らかにして、どのように守っていくのかを考えていきましょう。

2020年6月
連載 マハゼの棲み処調査 第1回

マハゼの生活と育つ場所

みなさんは、ハゼという魚を知っていますか?ハゼは、スズキの仲間で、日本には700種をこえるハゼがいます。主に、海の水と川の水が混ざる「汽水域きすいいき」と呼ばれる場所に生息し、棒のような体をもっていて、目が体の上の方につき、海底に張り付いたり、岩のかげにかくれたりしているものが多いです。

マハゼ(真沙魚)の見分け方
マハゼの見分け方

ハゼを漢字で書くと、「沙魚」と書きます。面白いですね。「沙」のヘンはサンズイで「水」を表し、ツクリは「少ない」ですから、水の少ないところ、すなわち浅いところにすんでいる魚を表します。それを一つにしてしまった「はぜ」という字もあるんです。

ハゼを漢字で書くと

今日は、ハゼの中でもマハゼについてお話をします。マハゼは、漢字で書くと「真沙魚」となり、真のハゼという意味になりますから、ハゼの中のハゼという名前を持った魚です。長く生きるものでも数年、多くは1年で生まれ、成長し、次の世代に命をつなぎ、死んでいきます。急速に成長しますから、マハゼはなんでも食べます。子供の時には、エビ・カニの子供など動物プランクトンとして水中にういている小さな生き物を食べていますが、その後、砂にもぐっているゴカイや小型のエビ・カニを食べるようになり、大きくなると、アオノリなどの海そうや、他の小魚も食べているようです。また、マハゼを食べる動物として、サギなどの鳥やウナギ・スズキなどの大型の魚がいます。マハゼは汽水域の中で、他の生き物を食べ・食べられながら生きています。こうした場所のことを生態系とよび、人間と他の生き物たちが生活しているために、とても大切な場所なのです。

生態系

冬になるとマハゼは汽水の海側の海底に深い巣穴をほり、その中の天井に卵を産みます。春になって生まれた子供たちは、川をさかのぼり、汽水の上の方、すなわち川の浅いところに集まります。その後、夏になって、若い元気なハゼとなって河口や運河に下ってきて、秋なると再び、海に集まるといわれています。巣穴をほるのは主にオスのマハゼの役目で、良く見ると、成長したオスの口はスコップの様に角ばっています。

マハゼの一年

いま、こうしたマハゼの生まれる場所や時期が変わってきているようです。その実態を明らかにするための調査も行われています。みなさんも、ぜひマハゼつりをしてそのなぞ解きにチャレンジしてみて下さい。